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【映画レビュー】芸の深淵か、血筋の宿命か——映画『国宝』が突きつける伝統芸能の光と影

 公開から半年以上が経過してもなお、客足が絶えない映画『国宝』
遅ればせながら先週、ようやくTOHOシネマズ甲府へと足を運ぶことできた。
踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年公開、173.5億円)の興行収入を超え、歴代の興行収入ランキングで邦画実写第1位となったそうだ。

 約3時間に及ぶ長尺ながら、李相日監督による緻密な演出と圧倒的な映像美は、観客を最後まで飽きさせない。任侠の家に生まれた喜久雄(吉沢亮)と、名門の御曹司として生まれた俊介(横浜流星)。二人の歌舞伎役者が歩む数奇な運命を軸に、作品は「伝統芸能」という特殊な世界の深淵を描き出している。

今回は、この作品が放つ圧倒的な魅力と、一人の観客として感じた「ある種の違和感」について、客観的な視点から整理してみたい。

 1. 肉体を凌駕する「女形」のリアリティ

 本作における最大の功績は、間違いなく吉沢亮横浜流星両氏が見せた「女形」の完成度だろう。
1年半以上にわたる過酷な稽古を経て作り上げられたというその所作は、単なる「役作り」の域を超え、本物の歌舞伎役者が持つ特有の品格と艶を帯びていた。

白塗りの化粧の奥に潜む、性別を超越した美しさ。そして、指先の動き一つに至るまで計算し尽くされた舞い。スクリーンという大画面で観るからこそ伝わるその迫力は、歌舞伎に馴染みのない層をも一瞬で引き込む説得力を持っていた。

 2. 「血筋と才能」という普遍的なテーマ

 物語の核心にあるのは、歌舞伎界における「世襲制」というシステムへの問いかけだ。
血統を持たぬ天才・喜久雄が、その才能ゆえに組織に翻弄され、一方で名門の血を引きながらも親友の才能に絶望する俊介。

「芸とは誰のものか」
「生まれ持った宿命は、努力で超えられるのか」

この映画は、現代社会では前時代的とも捉えられかねない「血の論理」の残酷さを冷徹に描き出す。その閉鎖性ゆえに磨かれる美しさと、そこに生きる人間の葛藤。この対比が明確だからこそ、本作は単なる成功譚に留まらない重層的な深みを得ている。

 3. 人間関係の変遷における「物語の飛躍」

 一方で、一人の観客としてどうしても拭えなかったのが、喜久雄と俊介の関係性における「描写の省略」だ。

二人は共に切磋琢磨するライバルでありながら、ある事件を境に決定的な決別を迎える。俊介の失踪や深い確執など、物語として非常に大きな転換点があるのだが、次に二人が再会した際、その心理的な溝があっさりと埋まっているように見えてしまった。

凄まじい対立があったからこそ、その後の「和解」や「絆の再構築」には、より丁寧な内面の掘り下げが必要だったのではないか。上映時間の制約ゆえか、テンポを重視した結果なのかもしれないが、この「ご都合主義」的とも取れる展開には、やや感情が追いつかない部分があったのが正直なところだ。

この辺りは、原作小説ではより緻密に描かれているのかもしれないが、映画単品として評価すると、この「空白」が物語の説得力をわずかに削いでしまったように感じる。

 総評:劇場で体験すべき「美の結晶」

 いくつかのプロットに対する疑問はあるものの、それでも『国宝』が本年度を代表する傑作であることに疑いの余地はない。
役者たちの魂が削られるような演技、そして伝統芸能の光と影を捉えた映像美は、一見の価値がある。

「もう少し俊介の心情の機微を追いたかった」という贅沢な不満すら、彼らの演じたキャラクターが魅力的だったからこそ生まれるものだろう。まだこの「美」を未体験の方には、ぜひ劇場の暗闇の中で、その圧倒的な熱量を浴びてほしい。

(2025年12月 鑑賞)