昨日、首都圏を中心に荒天が予想されたことから、JR各線(中央線、中央本線、小海線)では大規模な運休や運転見合わせが実施された。
昨日9/7 AM9;00ごろの運行情報と雨レーダー

地元、北杜市からも事前に運休する旨の案内はあった。(ただし、赤枠で囲った部分は午後になって追記されたもの)
もちろん、台風や集中豪雨などによって鉄道施設が被災すれば、乗客の生命に関わる。特に中央本線や小海線のような山間部を走る路線では、土砂災害や倒木などの危険もあり、「安全第一」という鉄道会社の判断そのものを否定するつもりはない。
しかし、今回の対応を見ていて、自分はどうしても一つの疑問を感じた。
「ここまで早い段階から、しかも広範囲に列車を止める必要が本当に必要だったのだろうか?」
という疑問である。
■ 「荒天の予測」だけで列車を止める時代
今回の運休は、実際に線路が冠水したとか、土砂崩れが発生したといった「現実に発生した災害」を受けてのものではない。
基本的には、今後の気象状況が悪化する可能性を考慮した「計画運休」である。
もちろん、危険が発生してから列車を止めるのでは遅い。
しかし現在は、気象衛星、気象レーダー、雨量計、河川水位計など、かつてとは比較にならないほど高度な観測システムが整備されている。
JR自身も沿線の雨量をリアルタイムで把握し、降雨量や土壌に蓄積された水分量などを考慮して運転規制を行う仕組みを導入している。
それならば、
「予測される危険」だけを理由に、かなり先の時間帯まで一括して運休を決めてしまう必要があるのだろうか。
ここに、今回自分が感じた疑問がある。
■ 実際には「終日運休」から運転再開へ
今回、その疑問をさらに強くしたのが「中央本線」と地元ローカル線「小海線」だった。
中央本線では当初、荒天予測を理由として終日運休が発表された。
ところが、その後の気象状況の変化を受けて、午後14時頃から順次運転が再開された。
結果だけを見れば、
「終日運休」と判断されたものが、その日の午後には走り始めた。
ということになる。
利用者からすれば、これは決して小さな問題ではない。
「終日運休」と発表された時点で、観光客は旅行予定を変更し、沿線住民は別の交通手段を探さなければならない。
特に小海線のように、鉄道そのものが重要な交通手段となっている地域では、その影響は大きい。首都圏の様に、代替え線を利用したり振替輸送など出来ない地域なのだ。
■ では、JRの判断は間違っていたのか?
ここは慎重に考える必要がある。
今回、実際に山梨県内の河口湖周辺で100mmを超える雨量が観測された地点があり、「結果的に大した雨ではなかった」と単純に言える状況ではない。
また、鉄道会社にとって最も避けなければならないのは、
「走らせていた列車が災害に巻き込まれる」
という事態である。
もし列車が山間部で立ち往生してしまえば、乗客を安全な場所へ避難させることすら困難になる。(いつぞや我々も千葉からの帰路 強風により倒木があって中央本線が6時間以上も全線ストップしまい、甲府まで帰って来ていながら結局一泊する羽目となった事件は記憶に新しい)
hibi-kore-heion.hatenablog.com
そう考えれば、JRが「最悪の事態」を想定して早めに運休を決めること自体は理解できる。
問題は、そこから先である。
■ 「運休か運転か」の二択でいいのだろうか
現在の技術を考えるなら、
「通常運転」か「全面運休」かという二択ではなく、
「気象状況に応じて運転を段階的に変化させる仕組み」 を早急に構築すべきと考える」
特に長距離を走る区間では、なおさらである。
例えば、
* 通常運転
* 徐行運転
* 本数を減らす
* 危険区間のみ運休
* 一時的な運転見合わせ
* 全面運休
といった段階的な対応である。
さらに気象レーダーや沿線センサーによって状況をリアルタイムで監視し、危険性が低下すれば早期に運転を再開する。
つまり、
「予測を基準に一度止めてしまう」のではなく、「予測+リアルタイム観測」で運行を刻々と変化させる。
そうした仕組みの導入である。
■ 「空振り」をどう評価するのか
気象予報には、どうしても不確実性がある。
予想以上の雨になることもあれば、逆に予想ほど降らないこともある。(今回の件は、あれほど煽っていたわりには、地域差こそあるがまさにそうだった。)
だからこそ重要なのは、
「運休した結果、何も起こらなかった」ことだけで、その判断を正しかったとも間違っていたとも評価しないこと
だと思う。
前日の予測はどうだったのか。
当日の早朝にはどのような予測だったのか。
実際の雨量はどうだったのか。
そして、どの時点で予測が変化し、なぜ運転再開を決めたのか。
こうしたデータを検証すれば、今後さらに精度の高い運休判断ができるはずである。
■ 「安全第一」は当然。しかし…
鉄道の安全を守るために、ある程度の「空振り」が発生することは避けられない。
だから私は、今回のJRの対応を単純に「過剰反応だった」と批判するつもりはない。
ただし、
「安全第一だから運休する」
という考え方だけで終わってしまうのも、少し違うように思う。
現代の気象観測技術は、昔とは比較にならないほど進歩している。
だからこそ、
「安全を確保しながら、どこまで列車を走らせることができるのか」
という方向へ、鉄道の運行システムそのものも進化していくべきではないだろうか。
今回の運休は、そのことを改めて考えさせられる出来事だった。
「止めること」は、安全対策として分かりやすい。
しかし本当に求められているのは、
「安全だから止める」のではなく、「安全を確認しながら、可能な限り走らせる」
という、より高度な運行判断なのかもしれない。