
地元山梨県北杜市に真田信伊(さなだのぶただ)公の墓所がある事は、こちらに移住してからずっと気になってました。
信伊公は、真田家の存亡にかかわる重要な人物であったにも関わらずあまり歴史的にも日の当たらない人でした。

NHK大河ドラマ「真田丸」で信伊役を演じた栗原英雄さん(出典:Oriconニュース)
ですが、NHKの大河ドラマ「真田丸」の中で知力に長けた草刈正雄さん演じた兄昌幸の命を受け、北条家、上杉家との間でさまざまな策略に暗躍していた真田家の影の功労者であった事で一躍その名がクローズアップされ、ミーハーな自分としてはずっと気になっていた武将の一人でした。
そんなおり、こちらに移住し自宅からそう遠くない場所に信伊公の菩提寺がある事を知り5年目にしてようやく詣でる機会に恵まれ参詣して参りました。
場所は、中央本線長坂駅から2.5キロほど。徒歩圏内です。

総門

武田菱と六連銭が何とも華々しい!

総門の近くにお地蔵様が祀られていました。

辺り一面の芝桜 ここは、開かれたお寺として季節折々手入れの行き届いた花が見られることでも有名なのだそうです。

弁天池 山号“徳雲山”に関わる由来があります(沿革参照)

鐘楼

参道から本堂を望む 花が一面に咲きベストな季節です

本堂 御本尊:釈迦牟尼仏 脇侍:文殊菩薩・普賢菩薩 が祀られています。


本堂に両家の家紋 六連銭は寺紋にもなっています。

境内裏手の高台にある墓所へ

墓所の案内図

信伊公の墓所は上がってすぐ右側にあります。

ここは、真田家3代の墓所になります。右端が信伊公の墓前となります。奥様(正室は馬場信春の娘)のほか幸政、幸信の三代が眠っています。
真田信尹公は、兄昌幸と共に武田信玄に仕えましたが、信玄の命で加津野家を継ぎ、加津野市右衛門を名乗って勝頼の近侍として活躍しました。
天正10年、武田家が滅亡後は真田姓に戻り、信尹を名乗って徳川に仕えます。
関ヶ原、大阪の陣などの戦功により甲斐で4千石を与えられ、知行地の大蔵村(今の須玉町大蔵地区 ここから南東へ直線距離で6キロほど)に居住し、寛永9年(1632年)5月、86歳で死去しました。

真田隠岐守忠信の墓 案内

落慶記念碑
【龍岸寺沿革】
口伝に、応永年間、歳を経た大蛇が当地に出没し里人に怖れられていたのを見かね、開基である入道常俊公が帰依していた真言僧海秀法印を招請して七日七夜の加持祈祷を修法したところ、境内の弁天池よりにわかに雲が湧き起こり、大蛇変じた龍がこれに乗じて西南の方角に飛び去ったと伝えられています。この時、修法された徳水浄塵慧雲含潤の法から、山号を「徳雲山」、入道常俊公自らの法号である「龍岩」を寺号としたと伝えられています。実際、天保年代までは当寺は龍岩寺と表記されていました。(龍岸寺HPより)

十六羅漢像
【マップ】